経営指針物語 15

"第15話 新しい朝がきた"

横木 正幸

 

 約3ヶ月の勉強が終わって、最終の研修の場がきた。一泊研修で、「経営指針書」の完成をみる。実際は0泊二日であるが。
 過去、中小企業家同友会の経営指針作成専任講師の吉本氏に何回となくご苦労を願った所でもある。その氏が亡くなられてからもう三年位になるだろうか。頼りきっていた柱がなくなった時は、これで新潟県中小企業家同友会の経営指針作成の歴史は消えるのではないかと思う程のショックであった。
 しかし、吉本氏の意向を新潟同友会は伝承した。何としても中小・零細企業の中に「経営指針」を定着させるぞと頑張った。
 研修室はいつも一二〇三で行われる。ちょうど上越新幹線が大清水トンネルに入る真上の部屋である。これまでに二百数十社がこの部屋で集中をした。メンター(支援者)が作成者に必死にかかわる。ともすれば妥協したくなる気持ちにメンターは激励を贈る。頭脳の最後の一滴まで搾り出すような作業が続く。自分がむこう十数年信じられる作品を完成させなければならない。時間は明日の朝まで。
 能力が限界に達し、精力を使い果たした東雲(しののめ)の頃、頭脳の回路が一瞬にしてつながる。作成者の顔が一様に輝く時であるる「解った!」「気がついた!」…と。出口の見えない大清水トンネルの中の作業に、まぶしい朝の光が差し込んでくる。出口の見えないトンネルはない。経営理念・経営方針・経営計画が太くて強い一本の線で結ばれた。経営指針書の完成である。メンターはホッとする。苦労をした甲斐があった。本物の仲間が増えた。語れる仲間が増えた。
 作成者とメンターの心がひとつになった時、夜が明ける。屋上の露天風呂に入り、新しい朝を迎える。感激が広がる。ある経営者は言った。「これまでに三千万円近く勉強会に使ってきた。高いお金を払うことで満足してきた自分がいたが、こんなに自分で考えさせられた勉強会はなかった。こんな勉強が出来るのは東京か大阪にしかないと思っていた。新潟にもこんなにいい勉強会があるとは知らなかった。もっと早く出会っていればよかった。」と言う。
 またある経営者は、「こんなに勉強したのは初めてだ。なんだか商売をやっていけそうなじしんがついた。」と言う。
 振り返ってみれば、よいお客様に恵まれ、よい社員に恵まれて、これまでやってこれたのではないか。そしてまた、更に素晴らしい多くの経営者と出会えたではないか。経営者は孤独ではないことを全員が実感する。
 膨大な時間と、使ったことのない頭脳の回路を駆使して出来あがった経営指針書。何物にも変えがたい「宝物」を手にして、経営のスタートラインに立つ。これからが大変なのだ。実践というステージが待っている。机上の空論にしてはならない。
 中小企業は「日本の宝」だ。日本経済の八〜九割を担っている我々が頑張らなければ日本の経済は成り立たないのだ。「よし!経営指針書を基本に、原理・原則に従って、頑張るぞ」と決意した。




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